人に料理を食べさせる力
セバスチャン・サルカドという報道カメラマンの写真を展覧会で見た時にも思ったことがあります。ナミビアで他の部族に襲撃を受けた村人の男たちは皆、悲嘆にくれている。そんな中、女性は鍋を頭にかぶって、子どもの手を引いて逃げていました。戦争が起ころうが、地震が来ようが、女性たちは「今晩の夕飯をどうしようか」ということを考えるんですね。男はそうじゃない。
家族の多かった時代の日本のお母さんたちは、料理して子どもたちにしっかりご飯を食べさせる力があったでしょう。有無を言わせず食べさせる力こそ「料理力」、人を幸せにする力です。もちろん、それは、本来誰もが持っている力ですね。私はそれを、妻から教わったと思っています。枝豆の調理ひとつでも、私は一つ一つ鋏で切って、塩もみしてから茹でるのですが、妻はある時、素早く、枝ごとお湯の中に入れてしまったんです。それを見て、私は感動したんです。私は習ったことしかできなかったのですが、妻は、臨機応変に、実行できる。間に合わせる力があるんです。でなければ、毎日の料理を、食卓に間に合わせることなんてできないでしょう。何が大事なのかということです。
『一汁一菜でよいと至るまで』 (著:土井善晴/新潮新書)
料理に失敗なんて、ない――レストランで食べるものと家で食べるものとを区別し、家庭では簡素なものを食べればよい、という「一汁一菜」のスタイルを築いた料理研究家・土井善晴。フランス料理、日本料理の頂点で修業を積んだ後、父と同じ家庭料理研究の道を歩む人生、テレビでおなじみの笑顔にこめられた「人を幸せにする」料理への思い、ベストセラー『一汁一菜でよいという提案』に至るまでの道のりを綴る。