日本料理、日本の素晴らしさってなんだろう

今までもそうでしたけど、これからも、料理研究家として、お料理の先にある人間の幸せについて考えていきたいですね。そのためにも、家族は、料理する人を大切にしてもらいたい。お料理する人を守ってもらいたいと思います。自分を守る、家族を守る、地球を守る。これを実現できるのは「一汁一菜」です。

若い頃にフランスで料理を学んだ経験もあり、和食とフランス料理を比較して考えることができたし、家庭料理に向かうようになってからは、料理の意味や意義をずっと考えてきました。フランスでは、ナイフで小さく切って、ソースを絡めたり、食材を肉と一緒にフォークに刺して食べる、つまり彼らは料理をしながら食べているのです。それがフランス人の料理の食べ方です。

彼らの目の前にあるプレート(皿)とは、まな板なんですね。料理しながら食べていると思えばおもしろい。彼らにとって、食べることは、料理することとセットで、食事とは生きていく力そのものになるんです。

すなわち、日常の食事にクリエイティブがある。西洋の「人間中心主義」の思想では、人間は自然をコントロールできて、「進化」し続けなければならない。そういった芸術や科学で新しいものを生み出し続けるという「進化」の世界では、彼らに、私達は敵わないのです。私たちは、自分が何が得意であるかを知らなければならないですね。

自然は私たちに、豊かな恵みを無条件に与えてくれると信じています。自然を崇拝して生きてきた日本人は、自然に対しては受け身な「自然中心主義」です。だから私たちはシンプルなことが好きでしょう。シンプルとは、人間が不要に加工しないことです。それが和食の特徴に表れています。

和食はお箸で食べますから、食べる人は何もしません。西洋の人が料理しながら食べると言いましたが、日本の食べる人は何もしないのです。ですから、日本ではお料理をいただきながら、季節のこと、食材や、作る人の気持ちを思って食事してきたのです。いろいろなことを気づきながら、食べてきたのです。食べることは、大自然や料理する人と心を重ねることです。そこに現れるのが情緒です。情緒が、イマジネーションを育むのです。それが「もののあはれ」。日本人のクリエーションは精神的なもの。「深化」(心化)することが私たちのクリエーションなのです。ただ食べるだけでは、何も生まれないのです。

つまり、日本人が誇れるものは、豊かな感性です。それは、豊かな自然を背景に、自然と共存して生きてきて身につけたことです。だから、大昔も今も、自然と人間の間に壁がないのです。私たちが得意なのは思いやり、人の気持ちを考えることです。それは今世界中の人にとって一番必要なことであると思いませんか。

『一汁一菜でよいと至るまで』 (著:土井善晴/新潮新書)