家の前を自転車が通れば、 箸が止まる
結婚が決まって、婚約者と散歩の途中、外苑の絵画館前のベンチに座って話していた時でした。
後ろのやぶでごそごそ音がして、ハンチングにトレンチコートの男が突然、「ここで何やってんだ! お前たちはどういう関係だ、お国が大変な時に、こんなとこでイチャイチャしやがって。家はどこだ! 一晩泊めてやろうか!」。やぶに潜んで、私たちがどんな話をするか、何をするか、見張っていたんです。怖くて怖くて、がたがた震えてしまいました。
手をつないだりキスをしたりどころか、男女が並んで歩いているだけで、「何をしてる! どんな関係だ!」ですからね。今の若い方には信じられないでしょうね。嫌な時代でした。
結婚をしても、夫に召集令状が来たら、もう命はないものとあきらめなくてはならないと思ってましたから、毎日、恐怖でしたねえ。
食事中も、家の前を赤紙を配達する自転車が通れば、箸が止まる。顔を見合わせて、通り過ぎるまで息を詰める。毎日、生きた心地がしませんでしたね。
別れたら、二度と逢えないかもしれない。だから、決して嫌なことは言わない。明日はないかもしれないと思っていましたから。とうとう赤紙が来た時には、思わずへたへたと土間にすわりこんで、全身から血の気がスーッと引いていきました。
今の人たちは、まさかとか、そんなばかばかしいことって思うかもしれませんが、その時は日本中が、一億火の玉になれば、絶対に負けないとほんとうに信じてしまって。竹やりで勝てるとか、鉄砲玉の代わりに人間を飛ばしたり、めちゃくちゃでしたね。洗脳というんでしょうか。普通に生活していた人たちが、何も疑わなくなるのは見ていて怖かったです。
当時、何より困ったのは、食べるものがないこと。なんでも工夫して食べましたよ。いちばん好評だったのは、柿の葉のてんぷら。もちもちしていて、誰もそれが柿の葉だとはわからなかったですね。
今でも、緑の葉が生えていてくれさえすれば、どこでも生きていける自信はありますね。