撮影:藤澤靖子
終戦から73年。戦争の時代に少年少女だった人たちが高齢になっています。平和な時代を生きる私たちにとって戦争は無縁に思えますが、過去の大戦を体験した人々も、平穏な日常生活を送っていたのです。どのように国は戦争に向かっていくのか。普通の人の暮らしはどう変わるのか。時代の移り変わりを体験した人たちに、詩人・エッセイストの堤江実さんが取材します。

戦時中、日本初の女性報道写真家として活躍し、100歳を超えてなおカメラを構え続けてきた笹本恒子さん。日本が戦争へと突き進んでいったまさにその時代、人々の生活はどのように変化していったのでしょうか。


 

自分の見たこと、 聞いたことを残していく

わたくしが生まれたのは、ヨーロッパで第一次世界大戦が始まった年、1914年です。

よく生きてきましたねえ。

長いようで短いようで、短いようでやっぱり長い。なんてったって、この9月で104歳ですから。

ほんとうにいろんなことがありました。関東大震災、二・二六事件、満洲事変、第二次世界大戦、そして戦後が70年以上。

その70年、日本には戦争がありませんでした。

これがどんなに尊くありがたいことか、戦争の時代を知っているからこそ、身にしみてわかります。

年はとっているだけではダメ。

長く生きた責任を果たして、自分の見たこと聞いたこと、体験したことをどう伝え、残していくかも大切なのだと思いますよ。

関東大震災が起きた日は、ちょうど私の9歳のお誕生日でした。

うちは東京の上大崎にあったのですが、その日は、学校から帰って、縁側で兄に宿題の工作を手伝ってもらっていました。

そこへ、ゴーッ! ガラガラ! ドシャーン! 瓦屋根がバラバラ降ってきて……。怖かったですよ。この世の終わりかと思った。

でももっと怖かったのは、その夜のこと。男の人が大きな声で「朝鮮人が押し寄せてきます。みなさん逃げてください」って言うじゃありませんか。

大勢の人がぞろぞろ列になって、避難場所の島津様のお屋敷をめざして必死で逃げました。下駄の鼻緒が切れて裸足。おなかもすかせて。

朝鮮人が暴動を起こした、井戸に毒を入れたという流言蜚語が飛び交い、恐怖にかられた群衆や官憲の手で、その日、朝鮮の人が大勢殺されたと聞いたのは、ずいぶん経ってからでしたね。

満洲事変が始まった頃には、わたくしは女学生。画家か新聞記者か小説家になりたいなんて考えながら、先生について絵を習っていました。