わざわざ1万キロを超える旅をする理由

二度の採餌旅行を合わせてみると、毎年半年以上の時間をかけて1万キロをはるかに超える距離を泳ぎ切ることになる。森と海とを行き来する姿しか知らなかったぼくとしては、驚きを禁じえない。

一方で、疑問も生じる。ニュージーランドにいる他のペンギン、コガタペンギンやキガシラペンギンは、年中営巣地の近くに暮らしており、それで十分な食べ物を得ている。フィヨルドランドペンギンの回遊先はたしかに餌資源が豊富な海域だが、それをいうならニュージーランド近海だって引けを取らない。

なぜ、わざわざ1万キロを超える旅をするのか。

マターンさんは、フィヨルドランドペンギンの祖先が、かつて亜南極の海域で暮らしていたことにも由来していて、この大きな回遊は遺伝的に刷り込まれているのではないかという「仮説」を提唱している。仮説を支持する証拠も見つかりつつあるようだ。

「タワキ・プロジェクト」の年次報告を読んでいると、羽毛サンプルの安定同位体の分析の結果(まだ予備的なもので論文になっていない)から、「この鳥はニュージーランド本土に近い食料資源を主に利用している可能性があり、何千キロも離れた海域へ旅をするのは、食料の必要というよりも本能的な名残ではないか」とカジュアルに書かれていた。

いずれにしても、あの森の妖精のようなペンギンたちは、今、驚くべき姿を明らかにしつつあって、ぼくは新たな魅力にはまってしまいそうだ。

なお、「タワキ・プロジェクト」はYouTube チャンネルを持っており、2021年からペンギンたちに装着し始めた改良カメラロガーでの動画をアップしているので、関心のある方はぜひ検索してご覧になるとよい。

※本稿は、『カラー版-へんてこな生き物-世界のふしぎを巡る旅』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。


カラー版-へんてこな生き物-世界のふしぎを巡る旅
2022年8月9日発売

可愛い小動物ハニーポッサムは、巨大な睾丸の持ち主。水棲哺乳類アマゾンマナティが森の中を「飛ぶ」って? ペンギンなのに、森の中で巣作りをする「妖精」。まるでネズミ! 手のひらサイズの巨大な虫。かわいかったり、美しかったり、ひねくれていたり、奇妙だったり、数奇な運命に弄ばれたり、とにかく常識を軽く超えてくる生き物たちの「へんてこ」ぶりを活写。30年以上にわたり研究者やナチュラリストと共に活動してきた著者が、新しい科学的なトピックをまじえて約50種の生態を楽しく紹介する。200枚超のオリジナル写真を掲載。生き物とヒトとのかかわりの歴史を垣間見る意味で、古い博物画も収載した。かくも多様な生き物たちが存在することに、「あっ」とセンス・オブ・ワンダーを感じずにいられない一冊。