片足は棺桶、片手に万年筆

「楽隠居というのは、私には向いていないんですね。何もしないでいると、生きている実感がない」

いつしか、誰に依頼されるでもなく原稿を書き始めていた。没後に出版してもらえたらと書籍の編集者に話をしたところ、本誌『婦人公論』の編集長が掲載を願い出て、連載開始の運びとなった。

題して「思い出の屑籠(くずかご)」。人気の痛快エッセイや『血脈』などの小説に自身の体験や身内のことを書いてきたが、題材にせず屑籠に入れてきた小さな思い出がある。それらをひとつずつ拾い集め、原稿に結実させていく。

体調には波があり、何をする気も起きない時は、日がな座って庭を眺めていることも。だが最近は、元気に起き出す日が増えた。朝ベッドで目覚めると、書きたい光景がパノラマのように見えてくる。早く書かないと忘れてしまうから、急いで起きて机に向かう。

人気作家の父、女優だった母を持つ佐藤さん。4つちがいの姉とお手伝いさんにばあや、書生もいた大家族での逸話や、幼稚園、学校での出来事が紡がれる。

自身に残された時間は限られていると実感。

「片足棺桶に突っ込んで、片手に万年筆握りしめて(笑)。でもラクに書いているから、今は楽しいですね」

微笑む瞳には、強い光があった。


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※佐藤愛子さんのエッセイ「思い出の屑籠」は『婦人公論』9月号(8月12日発売)より連載を開始します。お楽しみに