国民の三大義務より生存権のほうが大切
やろうとしたことがことごとくダメになり、なんもしたくなくなる。そんなことを繰り返すうち、僕は「なんもしないで生きていきたい」と本気で考えるようになりました。
今のサービスを思いついたのは、Twitterを通じてその日奢ってくれる人や泊めてくれる人を募集して暮らす「プロ奢ラレヤー」さんの存在を知ったのがきっかけです。「自分はここにいるから奢りに来い」という積極性は僕にはないけれど、「なんもしません」という消極性でアピールできるのではないかと。
このサービスに対して、「料金を取って、税金を払え」という批判をする人もいます。それはある種、働かずにひきこもっている人、生活保護など社会保障で生活している人へのバッシングの矛先を、僕へ向けているようにも感じる。
勤労・教育・納税は国民の三大義務というけれど、僕はそんなもの守らなくていいとけっこう本気で考えています。それよりも大切なのは、どんな人でも生きていていいという生存権。人や社会に対して何か役に立つことができなくても、ストレスなく生きていける世の中であったほうが、誰もが幸せに生きられると思うからです。
だから僕はあえて「何々ができます」と声高に言うのではなく、「なんもできませんが、それでもよければ」とつぶやいていきたいのです。
“レンタルなんもしない人”のサービスを始めて約1年。学校や職場で感じていたいづらさやネガティブな気持ちは消えて、フラットな状態で楽しく生きています。
今後のことは何もわからないですね。幸い今は依頼が毎日のようにあって、先のことを考える余裕がない状態だからかもしれません。暇になったり、お金がなくなったら心配になるかもしれないけれど、それはそのときに心配すればいいことかなと思っています。