新年度を迎え、私はフロアが違う部署へ異動になった。新部署の同僚の沢木さんとランチをしていた時のこと。梅田さんの名前を口にすると、
「あの人とペアだったの? それはお気の毒様。彼女、究極の八方美人よね。人の話に頷くだけで、自分の意見も悪口も言わないでしょ。本心は隠して、楽しいことだけご一緒したい人。友だちにはなれないわ、私は」
と、意外な人物評が飛び出した。
言われてみれば、私たちの会話に愚痴や悪口はほぼなかった。私が口にすると、梅田さんから早く切り上げたい様子が伝わってきたので、自然と控えるようになっていたのだ。どこに行っても、何を見ても、「きれいね」「素敵ね」「美味しいね」だけ。
梅田さんの《友だち》とは、深い心のうちをやりとりするのではなく、楽しいことをするための分業要員。私とは日帰り旅行、B女史とはウクレレ、あの人とは歌舞伎、この人とは美術館――。
生きていれば、愚痴や悪口を吐き出したいこともあるだろう。そういうときこそ、友だちの出番なのではないか。
沢木さんはパスタをフォークで巻きながら、「今度、飲みにいかない? もっと話したい気分。ランチじゃ時間が短くて」と軽やかに誘ってきた。誘いは嬉しかったが、つい慎重になって曖昧に頷き、茶化すように言った。
「行きましょうよ。でも私の話、重いですよ。人生についてとか……」
すると新ペアは目を見開いて、一言。
「独身女がサシで飲むってときに、人生以外の何を話すのよ!」
小気味いい返事に、思わず噴き出してしまった。この人の《友だち》の定義は、私と合っているといいな。今度は気持ちのいい毎日になりますように。私にもこの人にとっても。