幸い、母親は軽い言語障害と認知障害が残る程度で済んだ。とはいえ、2日に1度のリハビリには幸恵さんの付き添いが必要に。何より、以前は残業のたび母親に頼んでいた次男の保育園の送り迎え、熱を出したときの看病を、気軽に頼めなくなったのが痛かった。母親は、「これまで通り、私に任せて!」と胸を張るが、その実、「今頼まれたことを、今やる」ことはできても、事前に頼まれたことの大方は、忘れてしまうようになったのだ。

「それでも、週に1度、リハビリの一環として次男の保育園のお迎えを頼んでいます。前夜と当日の朝、母に『お迎え、お願いね』と確認。保育園の先生にも事情を説明し、『もし母が迎えにこなかったら、連絡してください』と。夫も仕事に余裕があるときは、快く家事・育児を引き受けてくれる。本当、みんなに助けられていますね」

小学2年生の長男も強い味方だ。「おばあちゃん、一緒に将棋やろう」「僕の算数の宿題、どちらが早く解けるか競争しよう」と、祖母のリハビリに貢献してくれている。

「でも、私がつい、母にイラついた態度をとると、長男に伝染するんですよ。例えば、母から何か注意されると、『おばあちゃんには、関係ない!』と、キッとなったり。だから、私が子どもたちに、ちゃんとお手本を見せなくちゃって。お陰で、母に優しくなったんじゃないかな?(笑)」

今も足腰は丈夫で、ひとりで外食、散歩、交遊を楽しめるまでに回復した母親だが、症状がどう進行するかは未知数だ。今後の課題は、いつ同居に踏み切るか。

「私と母とでは、子育ての方針が正反対なんです。子どもが悪さをしたとき、子どもの言い分に耳を傾けたい私と、『勝手にしなさい!』と突き放す母。同居したら、バトルになるでしょう。一緒に夕食をとる程度の距離感がちょうどいい」

とはいえ、息子たちが無邪気に「おばあちゃん、大好き!」と懐いている純粋無垢なうちに同居しなければ、と肝に銘じているという。母親との同居には、兄夫婦も前向きだ。しかし、幸恵さんは母親の晩年の世話は自分が担うと決意している。

「兄夫婦の住居は、近所にスーパーもない片田舎。母が住んだら、せっかく保たれている行動力が衰え、認知機能の低下につながるのは目に見えています。それに、『刺激』となる子どもがいない。兄夫婦には、月額2、3万円を負担してもらう形で、協力をお願いしようと思っています」

筆者自身も約10年前、要介護3の父親と、受験を控えた中学3年生の息子の面倒を同時にみるという経験を1年ほどした。シングルマザーとして働きながらの「ダブルケア」は、かなりキツかったと記憶する。ダブルケアは、いつ訪れるかわからない。幸恵さんのように、先々をちょっぴりシミュレーションしておく姿勢、そして、介護にせよ育児にせよ、ひとりで抱え込まないことが大切なのだろう。