樋口 論議が始まった当初は、政府の審議会でも男性委員はほぼ無関心でしたし、「女性が家族を介護してうまくいっているんだから、何の問題も起きていない」と、保守層は猛反対。進歩的な有識者からも、介護のための「保険料」の徴収は貧困層をより追い詰める悪法だと強いバッシングがありました。

介護保険法の成立数ヵ月前、ある県の公聴会では地元医師会の幹部がこう発言したそうです。「この先も、嫁が介護する現状が変わる見込みはない。嫁に若干の謝金を渡し、介護をしてもらう制度を作る。それ以外に日本の行く道はない」。こういう「現金支給」論が一部では根強くありました。あまりに抵抗が強かったので、介護保険法が成立しただけで、何はともあれホッとしたものです。

上野 超高齢化が進む日本で、この公的な介護保険がなかったらどうなっていたことか。施行後の22年をどう見ておられますか?

樋口 「介護保険のおかげで仕事を辞めずにすんだ」という人は、本当に多いんです。介護と仕事の両立に苦しみ離職する人がたくさんいましたから。2005年、厚生労働省は地域の中核機関として各自治体に「地域包括支援センター」を設置しました。

誰でも相談できる窓口ができたのはよかった。「親や夫の介護をしながら仕事を続けられたおかげで、老後にBB(貧乏ばあさん)にならずにすんだ」という女性たちの声を聞くと、報われる思いです。

上野 「おひとりさま」が最期まで機嫌よく生きられるのも、介護保険のおかげです。訪問介護、訪問看護、訪問医療など、介護保険によるサービス・メニューが増え、「独居で在宅介護サービス」を受けることが可能になりました。

樋口 高齢福祉・介護問題への取り組みとして、介護保険はある部分では成功した。ただ、現状に対しては大いに不満があります。

上野 そのとおりです。今後は、制度があっても、受けたいサービスを受けられなくなるかもしれません。

樋口 保険料を払っている40歳以上の方、他人事ではありませんよ。