「本当は今だって《死》は怖い。正確に言えば不安なのです。」
夫の言動がストレスとなって不調が生じる「夫源病」の名付け親であり、悩みを抱える多くの妻たちに寄り添ってきた医師の石蔵文信さん。2020年にがんが見つかり、骨にまで転移していて治すのは難しいとわかったそう。日々、命と向き合ってきた医療のプロは、自分の死をいかに受け止め、どのような逝き方を望むのでしょう(構成=丸山あかね イラスト=すぎやままり)

突然のがん発覚。全身に転移して

2020年の2月下旬、64歳の時に前立腺がんがみつかり、詳しく調べてみたところ全身の骨に転移していることがわかりました。すでに手術や放射線治療はできない状況でした。

私に残されていたのは、前立腺がんの細胞が増えるのを抑えるためのホルモン療法のみ。論文などを参考に、3年ぐらいは生きられる可能性が高いと考え、終活を始めることにしました。

告知を受けた瞬間は動揺しましたが、諦めるよりほかないなと気持ちを切り替えたのです。

本当は今だって「死」は怖い。正確に言えば不安なのです。これからどうなるのだろう、がんの最後はどんなに苦しかろうと考えるだけで、ともすればふさぎがちになってしまいます。

けれど循環器の医師であるとともに心療内科医でもある私は、「人の苦しみは執着する心から生じる」ことを熟知していました。つまり、苦しみから逃れるために諦めたのです。

悔いがない、と言えば嘘になります。前立腺がんを発症しやすいとされる60代になってもPSA(前立腺特異抗原)検査をしていなかったのは迂闊でした。

疲れやすさや倦怠感といった体調の異変に気づいたのは19年の暮れでしたが、前立腺がんが全身に転移するには数年かかると言われています。だとすれば早い段階でPSA検査を受け、そして早期発見できていたら、局所手術や放射線治療で改善することができたでしょう。

けれど悔いたところでいいことなど何ひとつありません。私は残された時間を悶々と暮らすのはあまりにももったいないと考え、「その日」を迎えるまでの時間を精一杯生きることに決めたのです。