「秀才というのは学校の勉強と同じで、コツコツ勉強をして成績が上がる人のことです。問題はそこから『天才』になれるかどうか。」
2022年10月25日、「ひふみん」の愛称で親しまれる将棋の加藤一二三・九段(82歳)が、「文化功労者」に選ばれました。文部科学大臣より、文化の向上発達に関し特に功績顕著な場合に贈られ、将棋界では1990年の大山康晴十五世名人に次ぐ2人目の選出です。昨今の将棋ブームを作った一人である加藤さんが、藤井聡太竜王の強さを語った、『婦人公論』2020年8月25日号のインタビュー記事を再配信します。

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藤井聡太七段が17歳11ヵ月で棋聖戦に勝利。史上最年少で初タイトル獲得を果たしました。また、本日8月20日王位戦も制し、史上最年少で「二冠」「八段」に。次々と強敵を倒し、将棋界の記録を塗り替えていく藤井二冠の強さの秘密を、デビュー戦から見守り続ける加藤一二三九段が本誌に語ってくれました(構成=樋田敦子)

藤井聡太でないと指せない一手

正直に言って、藤井さんはタイトル戦に挑戦することはできても、獲得するまでには、もう少し時間がかかるだろうと思っていました。

ところが、彼は欠点の何ひとつない、素晴らしい将棋を指して、渡辺明・前棋聖からタイトルを奪取しました。見事としかいいようがありません。

防衛戦に臨んだ渡辺さんは投了後に「競った将棋で負けたので、仕方ない結果」という言葉を漏らしました。渡辺さんは5番勝負のうち1勝2敗、次に負けたらタイトルを奪われるという状況で迎えた第4局で、「急戦矢倉」という戦法を用いて一発勝負の戦いを挑みました。

実は渡辺さんは第2局で同じ戦法を使って負けたのですが、これに納得がいかなかったのでしょう。同じ戦法の改良版を第4局ではぶつけましたが、藤井さんはこの戦法をよく研究して対策を立てていた。冷静に、隙なく対応し、それが勝利につながりました。

実は、タイトル戦は挑戦する側にかなりのメリットがあります。すでに頂点にいる棋聖の渡辺さんの戦法を、挑戦者は十分に研究する時間があるからです。一方、トーナメントを勝ち抜いてきた挑戦者が決まるのは、早くて3週間から1ヵ月前。防衛側にとっては、十分に相手を研究する間もなく戦いが始まってしまう。

さらに、藤井さんはまだ若く、これからもタイトルを獲得するチャンスはたくさんある。そこに、気軽に戦える強みがあったのではないでしょうか。一方の渡辺さんは、タイトルを守らなければいけないという、精神的な負担ものしかかったはず。

私も現役時代、挑戦者のときは強いと言われましたが、防衛戦ではよく負けました。心理的なプレッシャーを感じていたのです。

また、棋聖戦の持ち時間は4時間で、竜王戦などほかのタイトル戦に比べて短い時間で勝負しなければいけません。渡辺さんは2日制の長い持ち時間の対局は非常に強いのですが、どちらかというと早指しは苦手。このように渡辺さんにとって不利な点はあったものの、それ以上に藤井さんの捉えどころのない戦いぶりは渡辺さんを大いに手こずらせた。

第2局、藤井さんはAIが6億手先まで読んでようやく最善とする妙手を指して話題になりました。このように、「これは藤井聡太でないと指せない」と思わせる素晴らしい一手を指せる棋士はなかなかいない。それをできる藤井さんは「天才」としか表現できません。