スランプはチャンス

私は現役生活62年10ヵ月。19、20、21世紀生まれの棋士と対局した記録を持っていますが、長く指していると、いろいろなことがありました。何十連敗したことも、1年間1勝もできなかったことも。

でも、私の人生論からいうと、スランプはチャンスです。スランプのときは、みな落ち込むけれど、その必要はない。そんなときは一度立ち止まって、自分の人生でいちばん何が必要か、ゆっくり考えてみればいいのです。

加藤一二三さんが藤井二冠について語った『天才の考え方 藤井聡太とは何者か?』加藤一二三/渡辺明 著

私は30歳のときに、行き詰まって、キリスト教の洗礼を受けました。祈りをささげて信じた結果、対局に勝ったこともあります。たまたま私が行きついた先は宗教でしたが、その行き詰まりを突破できるものがあるとしたら、それは心がけなんです。心を強く持つことが、とても大切だと思います。

藤井さんが、私の18歳3ヵ月の八段昇段記録を破ったら悔しくありませんか、とよく聞かれます。でも私にはほかにもたくさんの記録がある。現役最長記録や、順位戦でA級から5回落ち、5回昇級した記録とか……。私は現役時代、精一杯やりきった。だから悔いなんてありません。

タイトルホルダーとなった藤井さんに何かアドバイスをするならば……、「行き詰まったら、加藤一二三のことを思い出しなさい」ということかな(笑)。私の前向きな考え方は、少しは役に立つかもしれません。

藤井さんはこのコロナの時代に、「よい将棋を指すのが自分の使命だ」と言いました。彼の指す将棋、彼のタイトル奪取は、皆さんに明るいニュースになって届いていると思います。大舞台で活躍し、将棋界を背負っていける、若い力の誕生はうれしいです。精進してこの勢いで進んでほしいですね。

そして、ぜひ名人戦に出てほしい。その日が来るのを期待して見守っていきます。