「スランプのときは、みな落ち込むけれど、その必要はない。そんなときは一度立ち止まって、自分の人生でいちばん何が必要か、ゆっくり考えてみればいいのです。」

悔しい気持ちが人を大きくする

以前インタビューで藤井さんは「一日も早く名人戦に出て、名人になりたい」と言っていました。プロ棋士たちは、もちろんみんな名人戦に出たい、名人になりたいと思っている。名人になれるなら、3年先でも何年先でもいいはずなのに、彼はそういうことを言うのです。私が名人になったのは42歳。なんでそんなに急ぐのかと疑問に感じますが、藤井さんは感覚が独特なんです。

確か、羽生善治さんとの初対局の前に藤井さんは「楽しんで指したい」と発言していました。最高実力者の羽生さんと戦うなんて、緊張しているはずなのに……。私も若いときから、すごい先輩方と戦ってきましたが、楽しむという感覚はなかった。こういうところにも彼独特の感性を見て取れる気がします。

それから、これは藤井さんの強さの秘密でもあると思うのですが、彼は棋士の中でも一、二を争う負けず嫌い。子どもの頃は対局で負けると盤にかじりついて大泣きしていたというのは有名な話です。私はそのシーンをテレビで見て、人前でよくあんなに泣けるなと思ったものですが、あれもまた藤井さんの持ち味です。負けて悔しいという気持ちが人を大きくするのだと思います。

藤井さんは今、高校3年生ですが、どうやら進学はしないようで、将棋に専念すると聞いています。それならば、将棋がメキメキ成長する25歳くらいまでは、将棋一本で思いきり突っ走ってほしい。

藤井さんが棋聖戦で見せた、「角換わり腰掛け銀」と「矢倉」という戦法をもっと研究して進んでいったら、まだまだ強くなれる。超一流の棋士になれると思います。

今、将棋界は本当に下克上です。よく「加藤先生、私は命がけで研究しています」という声を聞きます。みんな必死ですよ。特に棋聖になった藤井さんの戦法を、今後挑戦者となる棋士たちは一生懸命勉強するでしょう。来年は、藤井さんがタイトルを防衛する側になるのですから。藤井聡太はこの戦法が苦手だな、などと対策を講じられたときにどう対応するか。これからが大変です。