65年、ニューヨークで初の海外コレクションを発表する。このとき、蝶のデザインがトレードマークとして確立した。(写真提供:森英恵事務所)

東洋と西洋の美の架け橋に

30代でパリやニューヨークを旅したことで、海外進出を決意。65年、ニューヨークで初の海外コレクションを発表する。このとき、蝶のデザインがトレードマークとして確立した。

――メトロポリタン歌劇場で上演されていたオペラ『マダム・バタフライ』を見て、またもや衝撃を受けました。なんと、蝶々夫人は下駄を履いて畳の上を歩くのです (『婦人公論』2015年9月22日号)

――「みじめな日本人」を見せつけられた気がしたんですね。(略)本当の日本のよさを見せたい。エネルギーが湧きました(『婦人公論』2004年11月7日号)

オペラ歌手・林康子さん(右)がアリア「ある晴れた日に」を歌う場面の紫色の着物にはたくさんの蝶がちりばめられている。(写真提供:森英恵事務所)

85年、ミラノ・スカラ座で上演される「マダム・バタフライ」の衣装を担当した際は、日本の着物をきちんと伝えることを心がけた。オペラ歌手・林康子さん(写真・右)がアリア「ある晴れた日に」を歌う場面の紫色の着物にはたくさんの蝶がちりばめられている。

――長年の「マダム・バタフライ」への思いが吹っ切れた瞬間でもありました。蝶のイメージは単なるトレードマークでなく、「日本のイメージ」でもありたいとあらためて思ったものです(『読売新聞』2021年12月30日朝刊)

 

能とバレエの舞台「胡蝶」のために作られた能衣装。胡蝶の精を二十六世宗家観世清和さんが演じている。(撮影・共同通信社/写真提供:観世宗家)

ほかにも、パリ・オペラ座でのバレエ、劇団四季のミュージカル、「美空ひばり 不死鳥コンサート」、新作歌舞伎……など数多くの舞台芸術の衣装を手がけた。写真は能とバレエの舞台「胡蝶」のために作られた能衣装。胡蝶の精を二十六世宗家観世清和さんが演じている。

 

――血を流して殺し合う時代に、美しいものを創り出すことはむずかしい。(略)「美しさ」を表現したいと思うデザイナーにとっては辛いです。幸いなことに、そういう時期にいただいたのが、オペラやバレエの衣装の仕事でした(『婦人公論』2004年11月7日号)