パートから社長に! 夫と立場が逆転
「初めてパートに出た会社で、ある日突然『社長にならない?』と頼まれてしまったんです」
という驚きの体験を語ってくれたのは、中村万里子さん(57歳、仮名=以下同)。勤めていた会社を24歳で寿退社してからは、多忙な商社マンの夫を支え、男女3人の子どもたちの世話で座る暇もないくらいの毎日だった。一番下の次男が中学に入ったので、おこづかいの足しになれば、と考えたのが仕事を探すきっかけ。
「夫は基本的に私のことには無関心。自分の食事さえきちんと用意するなら、『お前の好きなようにやればいい』と、とくに私の収入には期待していないようでした」
20年間専業主婦だった自分を雇ってくれるところなんてそうあるはずもない。いきなりフルタイムの仕事に就く自信はなく、午前中だけの事務のパートを中心に探した。そして見つけたのが、家政婦の紹介と訪問介護を請け負う会社だった。
数ヵ月が経ち、おおよその仕事の流れがわかってきた頃、当時の女性社長から放たれたのが、冒頭の衝撃発言。社長は高齢だったが、後継者がおらず、誰かに会社を譲りたいと思っていたようだ。
「会社には従業員や登録スタッフが100人くらいいて、長年経理で働いていた女性や、頼りになりそうな男性社員がいました。それなのにどうしてパートの私に……と思いましたが、私が気づいていない長所を見つけてくれたのでしょうか。社長は『もしやる気があるならば、権利を売るわよ』と熱心に勧めてくれて」
最初は、「正社員になることすら自信がないのに、経営なんてとんでもない! 無理に決まってます」と断った中村さん。ところが、誘われたことを実母に話すと、「あなたを見込んで声を掛けてくれたんだから、やってみれば? 自信なんて後からついてくるわよ。もし資金が必要なら出してもいい」と言う。結局、あれよあれよという間に話が進んで、47歳で社長に就任することになった。
「介護の『か』の字も知らなかったので、ケアマネジャーの資格を取って。とにかく何かしなくちゃと、必死でもがいていました」
しかし、もとからいた事務職員や派遣スタッフは、「あの社長で大丈夫なの?」という冷めた目で見る。さらに新しく雇ったスタッフがトラブルメーカーと判明するなど、心労続きの毎日だった。
「真っ暗な嵐の海に一人乗りのボートで漕ぎ出しているイメージが、頭に張り付いていました。道で車とすれ違うと、『飛び込んだら楽になれるのに』とまで考えましたね」