講釈されて、誘われて、一緒にやって、講釈されて

その後も息子は自分のプレイを僕に見せつけながら、フォートナイトの説明を続けました。息子が操作するキャラクターが曲がりくねった階段をスルスル駆け上がっていく様を見て、「パパには無理や」と言ったのを覚えています。

それから数日後。

「フォートナイトやってみ、おもろいから」

凝りもせず、息子が再び僕を誘ってきました。

「いや、えーて……」

と断りつつも、プレイ。一回だけ付き合って、ヤメて。また息子の講釈を聞かされて。またその数日後に「もうちょっとやってみい、ハマるから」と誘われて。その時は「パパは今ドラム練習せなあかんから。ハマってる場合じゃない」とキッパリ断るも、次に誘われた時はまた一緒にやって。講釈されて、誘われて、一緒にやって、講釈されて……。

これを繰り返しているうちに、気がついたら僕の中にフォートナイトをやりたい気持ちが芽生えていました。息子が学校行っている時間帯を『チャンス』と呼ぶようになりました。以前よりも強めに「もうこんな時間やぞ、早よ寝なあかんのちゃうか」と息子に言うようになりました。夜の『チャンス』が早く来て欲しすぎて。そのうち僕の方から、

「あの武器は何するやつなん?」

「なんでそんなに弾が当たるんや」

と息子に質問するようになりました。

(下手くそでも十分楽しいゲームだな)

(今より少しでも上達したい)

そう思うようになりました。

意味がわからん、とゲームの中で街を作りたがらなかった僕が、ゲームの中で敵を倒したがるようになったのです。よくよく考えてみれば、その昔シムシティやA列車で行こうといった街作り系のゲームをめちゃくちゃやっていたクセに「パパは街なんか作りたくない」とか、どの口が言っていたんでしょう。