筆者の関容子さん(右)と

狐の形を借りて人間を描いている

『釣狐』を披(ひら)くのは昭和31年、万作師25歳のとき。以来この大曲を演ずること27回。まさに生涯を共に歩んだ演目と言える。この第三の転機となるべき『釣狐』に、なぜこれほどまでに惹かれるのか。

――それはですね。この主役は100歳を超える古狐なんですね。20代の若造が演じてもできるわけがない。それを、年を重ねるごとに、身体はきかなくなっても表現できるようになってくる。そこに惹かれたんですね。

つまり、仲間を全部釣り取られた古狐が、釣り取る猟師の伯父さん(白蔵主)に化けて、「狐を釣るな」と言いに行くわけですよ。それでまんまと罠を捨てさせる。しかし帰り道に捨てた罠に好物の鼠がついていて、それが食べたくて食べたくて行きつ戻りつする。

これ、人間の欲望と理性のせめぎ合い、と同じですね。これこそ演劇の一つとして、やはり狂言も能の中の一つであって、単なる笑いだけのものじゃあない。

僕は今「能的」ということをとても気にしだしておりまして、「美しく残る笑い」「演劇としての狂言」というものをめざしているわけなんです。