片づけながら涙があとからあとからあふれてくる(写真はイメージ。写真提供:photoAC)
時事問題から身のまわりのこと、『婦人公論』本誌記事への感想など、愛読者からのお手紙を紹介する「読者のひろば」。たくさんの記事が掲載される婦人公論のなかでも、人気の高いコーナーの一つです。今回ご紹介するのは熊本県の50代パートの方からのお便り。両親が80すぎても元気なことに安心しきっていたけれど、状況は一気に変化して――。

甘えさせてくれた両親へ

両親ともに80を過ぎても元気なことに安心しきっていた。結婚後、盆や正月に子どもの成長を見せに実家を訪れていたが、ご馳走で出迎えてくれる親に甘えるために帰省していたようなものだ。私のほうが癒やされていた。ところが近頃、父が入院、母も施設に入り、状況が変わった。

ジョークで笑わせてくれる父と、黙ってニコニコ話を聞いている母は不在。二人のおもかげを思い浮かべながら、台所の掃除を始める。思えば、独身のときは仕事一筋で、料理することなどほとんどなかった私。引き出しや扉のなかを見てみると、何十年も使われないままになっているザルやボウル、料理道具などいろいろなものが出てくる。

そして、ゴキブリのちっちゃな黒いフンも。なぜか「汚い!」とか「こんなになるまで物を溜め込んで!」などという嫌悪や怒りは感じなかった。そんなことが気にならないほど、母は家族のためにおいしい料理を作ってくれていたし、孫をご馳走でもてなしてくれていたからだ。

老いた親の目がすみずみまで届かなくなったのはしかたないこと。いらない道具をゴミ袋に入れ、ゴキブリのフンを捨て、引き出しをまるごと洗って消毒していたら、心の底から泣けてきた。

お母さん、ありがとう。いまからでも遅くないよね。ピカピカの台所で今度は私が料理を作るね。お父さん、スッキリした部屋にしておくね。片づけながら涙があとからあとからあふれてくる。今まで甘えてばかりでごめんね。

汚れや散らかりは、親が子との時間を大切にしてくれていた証。今回の掃除は、愛情を受けてきた私からの感謝のしるし。帰宅できる日を楽しみにしていてね。


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