不登校の子どもは20万人に達する

教育もそうです。今こうやって僕は画面に向かってしゃべっていて、それを何十人かが聴いているわけです。録画されていますから、オンデマンドでいつでも見られます。便利は便利ですけれども、一人ひとりの「学ぶ意欲」をかき立てるという仕事はリモートでは難しい。

学校教育で一番大事なことは「歓待する」ということだと思います。教室に入ってきた人たちに対して「ようこそ。あなたの席はここにあります。あなたの存在は固有名において承認されています。あなたにはここに座って学ぶ権利があります。私はあなたがここで学ぶことを望んでいます」。そう告げることだと思います。歓待すること、承認すること、祝福すること。教育の本務はそれに尽くされると思います。

今不登校の子どもは20万人に達するそうです。僕の周りでももう不登校は珍しくありません。小学校中学校から不登校になり、高校に入ってから、あるいは大学に入ってから、ようやく学校に通えるようになったという話を聞きます。

不登校というのは要するに子どもたちが「自分が学校に歓待されていない」と感じるということですよね。そこに行っても自分のための場所がない、自分のことを固有名で認知してくれる人がいない、誰も自分に向かって「ここにいてほしい」と懇願してくれない……それでは学校に行く意欲は失われます。

教科を教えたり、試験で格付けをしたりするのは学校教育にとっては、はっきり言って副次的なことです。一番大切なことは子どもたちを迎え入れることです。子どもが学校にいること。子どもたちが学校にいることを自然に感じること。それが一番大事です。

でも、今の学校はむしろ逆のことをしている。子どもたちに向かって、「これこれこういう条件を満たしたら、その席に座っていてもいい」と条件を課している。「この学習内容を理解したら教室にいてもいい」「この校則を守ったらいてもいい」。

そして、その条件をしだいに吊り上げて、どんどん教室にいづらくしている。教師が突きつける課題をクリアできなければ、この教室にとどまることができないという恐怖心をばねにして、学力を向上させようとしている。まったく愚かなことだと思います。恐怖や不安を使って子どもたちの中に「学び」を起動させることなんかできるはずがない。