まったく無縁の二つのものを同時に研究してきたことは僕にとっては本当に良いことだった(撮影・中森健作)

 

「何が専門かわからない人間」が役に立つ

ひとつことではたいしたことないけど、二つのことを同時にやっていると、それができるのが「世界で一人だけ」ということってあるんですよ。これはずいぶん前の話ですが、「機動戦士ガンダム」で有名な漫画家の安彦良和さんから「会って話を聞きたい」という連絡をいただいたことがあります。

僕なんかに何を聞きたいんだろうと不思議に思ったのですが、当時安彦さんは1930年代の満洲の建国大学を舞台にした『虹色のトロツキー』という漫画作品を描かれていて、その中に、ユダヤ人を満洲に入植させ、ユダヤのホームランドをつくるという計画についてのエピソードが出てきた。そして物語の登場人物の一人が合気道開祖植芝盛平(うえしばもりへい)先生だった。

安彦さんは「ユダヤ人問題と合気道の両方に詳しい人」に話を聞きたいと思っていた。そして、僕を見つけた。たしかに、ユダヤ人問題について僕より詳しい人は日本に何百人もいますし、僕以上にきちんと植芝先生について語れる人だって何千人もいる。でも、「ユダヤ人問題と合気道両方について詳しい人間」という条件で検索をかけるとおそらく日本では僕一人しかヒットしない。

ひとつのことを一所懸命突き詰めるのも大事ですが、複数の分野について専門的知見を有しているというのも研究者の能力として認定してよいと思うんです。それはたしかに単一領域でのランキングにはなじみませんけれども、複数の領域をクロスさせないとわからないことだってある。そういう場合には「何が専門かわからない人間」が役に立つことだってあると思うんです。