「知性の働きは違うところにあるものが実は同じものだと気づくことにある」(撮影・中森健作)
マリ共和国出身のウスビ・サコさんは、2018年4月から2022年3月まで京都精華大学の学長を務め、「自由論」という講義を担当し、武道家でもあり思想家の内田樹さんがゲスト講師として登場することもありました。サコさんが学長退任後に行った2人の対談では、現在の日本における研究への姿勢について言及しています。専門にとらわれず、さまざまな分野を追求することの魅力とは――。

モノトーンな日本のアカデミア

内田 多様性に対して研究者たちが非寛容になっているということ、これが僕は本当に気になるんです。

僕は若い研究者からはあまり評判がよくないんです。先日、40代の学者と話していたら、学会の後の飲み会で僕の話題が出たと教えてくれました。「内田さん、めちゃ評判悪かったですよ」と教えてもらいました。興味が湧いたので、「どこがいけないの」と訊いたら「ひとつの専門に徹さず、いろんなことに手を出しているのがいけない」ということでした。

どうも、今の若い人たちは、学者というのはひとつの専門分野に決めて、そこでこつこつと業績を積み上げてゆくべきもので、あっちのフィールド、こっちのフィールドをふらふらして好き勝手なことを言っているのはけしからんというふうに考えているみたいです。

でも、そんなこと言われても困るんですよ。僕は自分の知的好奇心に従っているだけなんですから。「専門が何か」を確定することよりも、好奇心を満たすことが僕の場合は優先する。当然ですよね。知りたいことがある、調べたいことがある。だから勉強する。お前はこの分野の専門家なのだから、この分野のことだけして、他の分野のことは勉強するなと言われても困る。

でも、わかるんです。若い人たちが僕のやり方を気に入らないのは。僕みたいなことをしていると、外からは格付けができないんです。僕がどの程度の学者かわからない。本来は学会内部的なランキングが開示されるので、そのランキングにふさわしい敬意や待遇を得るべきだと考えると、「何の専門家かわからない学者」は処遇に困るんです。