ある日、仕事で取引先を訪ねると、長期休養していた担当者が出勤していた。温厚でとても良い人なので、私は復帰を喜んだ。

応接室に通され、仕事の話とともに彼は病気の話をした。彼が難病を抱えていることを私は初めて知った。彼は、静かに言った。

「会社で仕事をするのは良いものですよ。僕は、明日ここにいないかもしれないのです」

その言葉が私の胸を突いた。

「そんなこと言わないで、元気でいてくださいよ」

そう言うのが精一杯だった。

その会社を出ると、いつものようにオフィス街を人々が足早に歩いていた。どの顔も明るく活気あるように見えた。しかし、天災、急な病気、急な事故……どの人も明日この世界にいるとは限らないのだ。

母も兄も、明日、私の傍らにいるとは限らない。私は私に迷惑ばかりかけている母と兄がいとおしく思えてきた。