下りるときの爽快感
家へ帰るときは、車のギアを1速のままで道なき道を駆け上った。油断すれば、石や木の根にハンドルを取られてそのまま海へ転がり落ちてしまう。
毎度、麓で気合いを入れて一気に坂を上った。そうしてでも住み続けたのは、下りるときの爽快感が唯一無二だったからである。
車が坂を下り始めると、ギアをニュートラルに入れる。右へ左へ。
カーブを切るごとに海原とオリーブや松の木が交互に目前へ迫り、潮風と松脂(まつやに)の匂いが窓から流れ込んでくる。
空いっぱいの太陽は海面に反射して煌(きらめ)き、海風に木陰は緑色に揺れ、枝の合間からはカモメが大きく羽を広げて飛んでいくのが見える。
潮騒の彼方に、汽笛の音が伸びる。