とはいえ、お店を潤わせたいならば友だちのひとりも誘ってやればいいのに、私はそういうことはしない。快感が半減してしまう気がするのだ。だから、決して誰にも言わない。これは私の唯一の秘密。若返りの秘密と言ってもいいだろう。誰にも言わず、銀行でお金をおろして喫茶店に通うのみだ。

ある日は古本屋で売れた本代700円を握りしめ、マスターのもとへ向かったことも。ドアを開けると、「あら、また来たの!?」というような顔をして迎えてくれた。「今日はのどが渇いたから来たのよ」と、ソーダ水を注文。本当は、たいしてのどは渇いてなかったけれど。

夫や姉を亡くした悲しさはまだまだ癒えないものの、マスターのおかげで生きる活力が湧いてくる日々。夫の写真に「ごめんね」と呟きつつ、今日は郵便局でお金をおろしてあの店へ行こうと考える。もう誰も私を止められない。

ナポリタン700円、チーズケーキとコーヒーのセット1000円、合計1700円が毎回の平均支出。こんなことをしていたら、いつか破産するだろう。でも、いいじゃないか。60年間、夫のわがままや束縛、金銭問題に我慢してきたのだから。

娘が知ったら、「バカな真似はやめなさい」と軽蔑のまなざしで言うに違いない。でも、気にしない。私は心の潤い、店は金銭的な潤いを得ているのだからフェアな関係だろう。

だからマスターに、「こんなに金を使って」と思われていたとしても平気だ。今日もまた洗濯をして、少し掃除をして、財布をしっかり握って、私はあの店へ急ぐ。

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