大塚 私は古典文学オタクで、フィクションは現実の反映というか、物語にこそ物事の真相が潜んでいると思っているんです。『源氏物語』に「日本紀などはただかたそばぞかし これらにこそ道々しく詳しきことはあらめ」という有名な一節があります。

「物語に比べれば、正史などはただ一面的な記録にすぎない。物語にこそ道理にかなった詳しいことが書いてある」という意味ですが、私はこの一節が好きでして。

本郷 なるほど。

大塚 歴史書は、特定の立場なり勢力なりに都合のいいように書かれていますよね。『吾妻鏡』も、北条氏に都合のいいことしか書かれていない。そこからこぼれるものが大事なのではないか、と。本郷さんは最初から歴史学がお好きだったのですか?

本郷 実は僕も、もともとは古典文学が好きだったんです。だから歴史の勉強もきっと面白いだろうと思って始めたら、学問の世界では一切の物語性を排除しないといけなかった。

50歳を過ぎて一般の人向けの本を出すようになり、ようやく自分の好きな歴史の世界を取り戻した気がします。そのかわり出世は諦めました。まあ、出世は妻に任せているのでいいのですが……。

大塚 確か、奥さまは上司でいらっしゃるんですよね。

本郷 はい。畏れ多くも奥さまは、東京大学史料編纂所の所長です。

大塚 学問の世界も、ジェンダーギャップがありそうですね。

本郷 最近は以前ほどではありませんが、妻も大変だったと思います。そこをなんとか、歯を食いしばってやってきた。「産休なんて、まともに取れなかったわよ」と言っています。

ですから僕も率先してゴミ出ししたり、お風呂を洗ったり、猫の世話をしたりしています。あっ、そのくらいやるのが当然ですよね。すみません。