本郷 東は北条政子、西は後鳥羽院の乳母(めのと)の卿二位(きょうのにい)が牛耳っていましたから。

大塚 NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』でも、北条政子は大活躍でした。大河ドラマといえば、今の『どうする家康』では、家康がよく泣いている。『源氏物語』にも、光源氏の泣く姿に「いかにも心がこもっていて見ていて快い」とありますし、『吾妻鏡』では、武士がうわーんと泣いた、などという描写があったりします。

本郷 日本に家父長制度や男尊女卑の考えが広がったのは、中国から伝わった儒教の影響が大きい。ただ、男が泣くことに関しては、中国の詩歌などにもよく出てきますね。

盛唐時代の詩人である杜甫(とほ)の有名な『春望』には「感時花濺涙(時に感じては花にも涙をそそぎ)」、李白の詩にも「於此泣無窮(此に於いて泣くこと窮まり無し)」とあるなど、とにかくよく泣く。

平安時代の貴族は中国の古典に範をとっていたので、それもよく泣くようになった理由のひとつかもしれません。

大塚 民俗学者の柳田國男によると、かつては泣くということが一種の表現手段だったのに、近代に入って、人が人前で泣かなくなったといいますね。

本郷 まあ、少なくとも日本の神様たちは「男が泣くのはみっともない」なんてことは言いそうにない。日本の神様は、よく言うとおおらかだし、悪く言うといい加減。男女の境もあいまいです。

大塚 『日本書紀』では、男の神のイザナギが子どもを産んでいますしね。北欧などにもそういう神話はありますが、日本は正史に堂々と書いてある。『古事記』のヤマトタケルは、男の猛々しさがありながら、少女美と少年美も兼ね備えた魅力で男女問わず征服しています。

こういったことをふまえると、「性別は容易に越境できる」という考え方が日本にはあったのだろうと思うのです。

本郷 すべてにおいてゆるいのが、かつての日本の本質だったのかもしれません。

<後編につづく


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