メイとテイラーの背中
詩人の伊藤比呂美さんが『婦人公論』で連載している好評エッセイ「猫婆犬婆(ねこばばあ いぬばばあ)」。夫が亡くなり、娘たちも独立、伊藤さんは20年暮らしたアメリカから日本に戻ってきました。熊本で、犬2匹(クレイマー、チトー)、猫2匹(メイ、テイラー)と暮らす日常を綴ります。Webオリジナルでお送りする今回は「かき撫でつつ養う」。好みではなかったペチュニアを、出来心から育て始めてみると――。(文・写真=伊藤比呂美さん)

『今昔物語集』。平安末期に成立した説話集。1000篇を超える話が入っている。

おお、こんどはスッキリと説明できた。なんだか古典づいてます。こないだは『梁塵秘抄』について話したばっかりだ。そのたくさんの話の中に大好きな話がある。何度も何度も、くり返し読む。夫に捨てられ、何もかも失くした女が、カイコを一匹、大切に大切に「かき撫でつつ養ふ」という話。

養ふはカウと読む。つまりてのひらに載せて、猫の背中を撫でるみたいな感じに、かわいがって飼ってたわけだ。

あたし生き物はなんでも好きだけど、昆虫だけはどうも苦手で、中でも毛虫芋虫の類いは見るのもちょっといやだ。さわるのはもっといやだ。でもこの「かき撫でつつ養ふ」という言葉に惹かれてきた。

かき撫でる存在ならあたしにもある。筆頭はクレイマーだが、大きいからかき撫でてもらってる感じになる。メイは、かき撫でられて気持ちよくなると爪を出す。チトーはたまにしかかき撫でさせてくれないし、テイラーはかき撫でられるより立ち上がって遊んでもらいたがる。それであたしは今、ペチュニア(ナス科)をかき撫でているのだ。

今までペチュニアを育てたことはない。こういう色のケバい大きな花は好みじゃない。

ところがこの春、出来心で買ってみたら、よく咲いた。よく咲くとおもしろくなって、毎日何度も土の乾き具合を点検する。株の中に手をつっこんでわさわさと揺らすと風が通る。黄色くなった葉を取り除く。花殻を摘んで、日当たりを見て、場所を動かす。

花びらはあまりに薄くてひらひらしてるから、頭からざーっと水をかけてしまうと、濡れてくっついて溶けてしまう。だから根元の土のところにそっとかける。毎日かける。咲き終わった花殻は、これから咲く蕾に似てるから、摘み取る前にひとつひとつ見極める。てなことを毎日何回も外に出てやってるわけだ。かき撫でるとは、執着だな……とときどき思う。