計算された“狙う層“
渡辺晋&美佐夫妻が1955年に設立した渡辺プロダクションは、ミュージシャンの生活安定と社会的地位向上を目指し、浮き沈みの激しい世界に月給制度を持ち込んでショービジネスの近代化を図っていた。
この頃には、「ザ・ヒットパレード」「シャボン玉ホリデー」など歌謡番組を自社制作し、レコード会社が独占していたレコードの原盤を自社制作して業界のシステムを変革。ザ・ピーナッツにクレージーキャッツ、伊東ゆかり・中尾ミエ・園まりの三人娘、布施明と綺羅星のようなスターを抱える芸能王国であった。
67年10月30日号の「週刊文春」に「“虎ザ・タイガース旋風”をあやつるW機関」のタイトルで、タイガース人気と渡辺プロ商法を追った記事が掲載されている。そこで、当時の松下治夫・制作部長が答えていた。
〈まず狙う層をきめます。ローティーンからハイティーンまでを狙わせる。それに合わせて徹底的にイメージをつくり変えるわけです。つぎに作詞・作曲家のコンビをつくる。ザ・タイガースは橋本淳、すぎやま・こういちのコンビでデビューいらいやっています〉
〈徹底的につっこんだ計算がないと、これだけの人気はでない〉
こうした渡辺プロの戦略が実際にどう働いたのかはまた別の話として、敗戦から20年が過ぎた60年代後半は、消費を先導する団塊世代がティーンエイジャーになり、社会に出ていく大量消費社会の始まりであった。