「大抵の林芙美子愛好家がそう言うように、改造社から出版されたゼロバージョンの『放浪記』が、いちばんみずみずしく、香りや湿度が立ち上ってきて、その世界にすっと飛び込める」(c)イナガキジュンヤ
古今東西の名著を読み解くテレビ番組『100分de名著』(NHK)で、2023年7月3日から4回にわたり、昭和初期に活躍した女性作家・林芙美子が取り上げられます。今年生誕120年を迎えるこの作家は、幼少期に両親とともに九州を転々としながら過ごし、上京後は『放浪記』をはじめとする多数の作品を残しました。今回は、筋金入りの「おフミさん」ファンとして『柚木麻子と読む 林芙美子』の編者をつとめた 小説家・柚木麻子さんが語る、彼女の魅力をご紹介します。

「直しちゃったの? 良かったのに!」

「作家あるある」かもしれないが、単行本が文庫になる時の解説文、または発売前の単行本の書評を引き受けた時、ゲラを読んでいると「すみません。著者の方が内容を直したので、解説ないし書評も、それに沿って少し訂正していただけますか」と編集者から声がかかることがたまにある。「え、あそこを直しちゃったの? 良かったのに!」と驚いたりもする。

訂正前、訂正後、比べると、もちろん後の方がまとまっていて巧みになっているが、前の方が荒々しくともすっと心に響いてくる表現であることが多い。それがよくないとか覚悟が無い、といっているのではない。なぜなら私もたくさん直して、解説や書評を引き受けた方を戸惑わせることがあるからだ。

同業者で話し合っていると「え、書き直さなくていいじゃん!」「いやー、自分が書いたものはアラが目立ってさあ。そういうアナタも文庫であの箇所を変えてましたよね? 私は好きだったのに」と押し問答になることも多い。

小説に限らず、表現に携わる人は多かれ少なかれ、みんなそんなところがあるのかもしれない。どんな人も自分の初期作品を前にすると決まりが悪そうだ。

有名ミュージシャンに聞いたところ、録音の時、のびのびしたファーストテイクがえてして一番良かったりするのだが、歌い手当人は、録り直し後のお行儀がよいものを好むという。