オカンはちゃんとわかってるよ

気づかないうちに肩を骨折してしまったのを含めて、結局は高2の夏くらいまで治療やリハビリにかかってしまった。
こんなにグラウンドが「遠い」というのを最初に誰が想像しただろう。
大阪へ行けば当たり前のように野球ができているとしか思っていなかったのは、翔大も、親である私も同じだったのかもしれない。

グラウンドに入れない間は筋トレなど別メニューでトレーニングは続けていたという。
実戦参加はかなり遅れてしまったが、体作りに関してはいろいろと試行錯誤を重ねながらずっと取り組んでいたようだ。
1ヵ月に一度くらい大阪に訪ねるたび、ある時期フゥフゥと膨らましたように上半身から太腿に筋肉がつきだして、アラジンのジーニーのようになってしまっている息子に、なにやら恐怖さえ感じた。

「なんの競技なのか!?」
ベンチから外れているとはいえ野球部の先輩や仲間たちには恵まれたようで、学校も部活もそれなりに楽しそうに高校生活を送っていた。

やがて下級生が入部してきて、少し先輩風を吹かせられるようになった。
怪我の具合は一進一退だったが、生活のリズムが安定して要領を得だすと、翔大の顔が少しずつ変わり始めた。大阪の人たちにとっては気持ち悪い大阪弁かもしれないが、私にとってはかなりきっつい関西人のような話し方をしだした。その頃から私はすっかり、
「オカン」
と呼ばれるようになってしまった。
いまだにそう呼ばれるたび「誰がオカンやねん!?」と言い返したくなる。同レベルである。

何より、激狭部屋を出て少し広い部屋に移したことで、完全自炊にはなったが生活感が出てき始めた。いろんなことができるようになるごとに、本人の自信になっていったのではないだろうか。今では自分を「お料理上手」だと言いだしている。
ぷぷっ。

最近の翔大くん。12キロの減量の成果でかなりすっきり

かえすがえすも私が一番悔やんでならないのは、この高校野球のあいだ、食事の管理を十分にしてやれなかったことだ。そもそもそんな環境を選んで行ったのだから、言っても仕方ない。もし、同居して毎日イヤでも私の料理を食べさせて野球に送り出すことができていたら…。
息子の野球は少し違っていたのかな、とも思う。
口に出しても仕方のないことなので、母はここに書いてしまおう。

ある時はどうしてしまったのかと思うほど太った頃もあったが、自分で食事とトレーニングを工夫して、最近12キロ減量に成功したんだとか。
それすごいの、ダイエット経験者でもあるオカンはちゃんとわかってるよ。