コロナ感染が拡大する波

そこへコロナ感染が広がり、学校でも野球部でも何度かその波に襲われた。1人発熱しては激狭の部屋にこもって寝ているしかできないことも、たびたびあった。

近くに親戚がいても、感染の疑いがあるので面倒を見てもらうことはできなかった。下宿のドアの外に差し入れを置いてもらって、顔も見ずに受け取るしかない。ドアの内側からどんな気持ちで伯父さんの差し入れを待っていたことか。
こんなこと、大阪へやる前には全く想像もできなかったことだ。

いざ、体調や腰の状態が好転して「よし!明日からいよいよ野球頑張るぞ!」という前の晩。
それは遠足の前の晩のように、練習着を畳んで道具を磨き、何度も準備を確認して朝を待っていた。たまたま私が居合わせた時も、待ちに待った大事なイベントの日を迎えるように、翔大の顔は少し紅潮してルリルリと輝いていた。

ところが翌朝、起き上がると37.8度の発熱。
本人にもよくわからない体調の変化が、なかなか野球に足を運ばせてくれなかった。

想像以上に、翔大にとって野球のグラウンドは遠い遠いところにあって、そこに見えているのになかなか辿り着けないのはなぜだったのか。

想像していた以上のことが次々と起こり、なかなか乗り越えることができない状態が続いていた時、ふと、
「そんなに甘かないよ」
という言葉が、私にも重く響いて聞こえていた。