わたしは病気の母に、「教えなくていいよ」とは言えたが、「教えないでほしい」とは言えなかった。母のために、勉強を教えるその時間を、黙認していた。あの時、娘は、その時間がつらいと確かに言っていた。わたしは娘に申し訳ないなあ、と思っていた。

「ごめんなさいね」
「なにが?」
「おばあちゃんの勉強、つらかったでしょうから」
「だから、あの時はね」
「あ、はい」
「だってさ」
「はい」
「おばあちゃんといると、勉強できるようになったもん」
「なるほど」
「なるほどって、なんなの?」
「いや、まあ、別に、口ぐせ」
「テキトーに、なるほどって、わかったようなこと言うの、やめた方がいいよ」

生意気なことを言うのは幼い頃からだが、顔や声に似合わないことを言うのが昔は可愛かった。生意気な口調がようやくビジュアルに合ってきて、無性に腹が立つようになってきた。

「ママ、聞いてる? ママのためを思って言ってるんだよ」

これも、わたしの受け売りだと思うと見直したい。

「わたしのため? わたしのためを思って、そんなことを言っていただかなくて結構です」

余裕がないので、一旦こう切り返した。
明日から見直そう。

「あのねママ? ママが外で恥をかかないように、教えてるの。誰も言ってくれないんだからね」

勘弁してくれ。娘と、多分それも口癖だった過去のわたしよ。

娘は、わたしが答えなかったものだから、そろそろ勘弁してやるか、とばかりに「ま、いいけどね」と捨て台詞を残しスマホでツムツムをやり始めた。

『母が嫌いだったわたしが母になった』(著:青木さやか/KADOKAWA)