日本人の両親を持ち、アメリカで生まれ育ったマクナミー

「私の主な仕事は、チームと各国メディアのあいだの橋渡しをして、情報を公開することなの」マクナミーは言う。「必要な情報が行き渡るように気を配っているわ」

マクナミーは即戦力としてエンゼルスの経営部門に加入してきた。12月に大谷との契約が発表された直後、マクナミーはエンゼルスの広報部長であるティム・ミードに自ら連絡を取り、期待の大型新人に関してサポートできることはないかと問い合わせたのだった。

『大谷翔平 二刀流メジャーリーガー誕生の軌跡』(著:ジェイ・パリス、訳:関麻衣子/辰巳出版)

「野球界に戻りたかったの。素晴らしい機会だし、ぜひクラブの役に立ちたいと思ったのよ」

日本人の両親を持ち、アメリカで生まれ育ったマクナミーは、すでに野球界でのキャリアを積んでいた。野茂英雄がロサンゼルス・ドジャースに入団した際、彼の通訳を務めたマイケル奥村とともに球団に採用されたのだ。オレンジ郡の住民でもある彼女は、エンゼルスにとって完璧とも言える逸材だった。

マイク・ソーシア監督の日本語はたどたどしいものの、マクナミーや日本人記者に対しては片言でも話そうとしている。誰もがその努力に敬意を表しつつ、冗談まじりで監督を褒めそやすのだった。

だが、マクナミーが表舞台に立つときは誰もが真剣だ。ある記者が、マクナミーが通訳し終える前に発言しようとしたとき、ソーシア監督はドジャースの捕手時代を思わせるような毅然とした態度でこう言った。「おい、待つんだ。グレースの話が終わっていないだろう」

グレース──優雅──という名にふさわしく、大谷の情報を求めて監督の周りに殺到する取材陣を、見事にさばいていくマクナミー。その光景は、ほぼ日常的なものとなっている。