ガソリンを売ることが仕事なんだ。
窓を拭くことも、ミラーやライトをきれいにすることも、タイヤの溝を調べたりすることも、きちんとして車を安全に運転してもらうためのこと。
ずっと車を運転してもらえれば、それだけガソリンを入れに来てもらえる。ガソリン入れるんだったら、気持ちよくなるあそこのガスステーションに行こうと思ってもらえるかもしれない。
全部がこちらの商売になって儲(もう)けるためにやっていることなんだ。
だから、やっているんだ。
何がきっかけだったのかはわからないけど、ガソリンの匂い、好きになっていた。
いつ好きになったのか、どこで好きになったのか。
ひょっとしたら、まだ赤ちゃんの頃にでも車に乗せられて、ガソリンスタンドでガソリン入れているときに匂いが漂ってきたのかもしれない。
意外と多いよ? 今一緒に働いている人たち、皆好きだよあの匂い。
まぁそもそもキライだったらガソリンスタンドで働けないから。
一日中あの匂いや機械油の匂い、そういうものを嗅いで、そういうものの中で働いているんだからさ。
実は中学の頃からバイトしていたんだ。
正確にはバイトじゃないけれども。中学生は働けないから、正式には。正式にやっていたのは新聞配達。
だから、ガソリンスタンドではお手伝いって感じ。仕事のお手伝いをして、お小遣いを貰うって感じ。
まぁ法的にはグレーゾーンって感じだけど、勘弁してくださいって気持ちでやっていた。新聞配達だけじゃ、本当に懐が淋しいから。
そこの店長が隣りの家に住んでいるんだ。
店長、バイクが好きで。自分でもオートバイを持っていて休みの日なんか走り回っていたみたいで、俺がまだ小さい頃から興味を持ってさ。たまに乗せてもらったりしていた。いや、停まっているときにだよ。その店長の家の前で。
そう、バイクのことは店長にいろいろ教えてもらった。整備士の資格も持っている人だよ。
「乗ってるカブも、カブってスクーターね」
「その店長さんから貰ったんだろ」
「え、貰ったの?」
「店長が若い頃に乗っていたのを。もう本当に古くてあちこち修理しないと走らなくて。自分で部品を買って修理するなら教えてやるからって」
「優しい人だー」