避けては通れない戦争への思い

「矢部さんの漫画はちょっとしめっぽい話が多いわね」と大家さんに言われたことがあって(笑)、それ以来なるべくにぎやかで楽しいエピソードを描くよう心がけていました。もちろん漫画に出てくる大家さんは、実際の大家さんそのものではありませんが。

ハロウィーンのコスプレを何にしようか悩んでいる僕に、「メガネをかけたら滝廉太郎に似ている」と勧めてくれたり、白内障の手術をして「世界がキラキラ輝いて見える」と喜びながら鏡を見て、「私こんなにおばあちゃんだった」と知って落ち込んだりするような、上品で浮世離れしていて、乙女みたいに可愛らしい方でした。

そして巧まざるユーモア。どんな話でも軽くギャグというか、クスッと笑える話にするのが本当に上手でした。それに、記憶力が確かで細かいディテールまでよく覚えているのがすごいんです。

戦後の新宿の闇市で靴を買って、家に帰って履いてみたら左右が別々だったとか。市場に戻ると、「ちゃんと替えてくれたけれど、余ったほうはポイッて放り投げてたわ」って、目に浮かぶように話してくれる。

何の話をしても戦争に結びつくのは、大家さんの年代では避けて通れないことなのだと気づかされました。たとえば僕が昔の話をするなら、当時流行ったアニメや漫画にからめたりします。それが大家さんにとっては戦争だったのかなと。

あるとき国会の前で大規模なデモがあって、大家さんがニュースを見ながら「矢部さんを戦争にとられたくない」とおっしゃった。そのとき僕は、そんな状況を現実として考えていなかった。でも大家さんからは、そうした言葉が出てくる。周囲の若い人たちにも繰り返し、そういったお話をされていたようです。

当時、少女だった大家さんがどんな気持ちで空襲を受けた街を見て、疎開先でどんな思いでいたか。その気持ちを、考えたいと思いました。