撮影:本社写真部
40歳以上も年の離れた下宿の大家さんとの交流をつづったエッセイ漫画『大家さんと僕』がベストセラーとなった、お笑い芸人の矢部太郎さん。作中でのチャーミングな人柄が読者を魅了した大家さんですが、漫画の続編を連載していたさなかの2018年8月に亡くなられたそうです。喪失感を乗り越えて続編を刊行した矢部さんに、大家さんとの最後の日々について聞きました。(構成=山田真理 撮影=本社写真部)

こんな地味な話を誰が読むんだろう……

新宿区の外れにある木造の一軒家の2階に間借りする僕と、1階に暮らす高齢の大家さん。大家さんとの交流をもとに描いたエッセイ漫画を出してから、本当にさまざまなことがありました。

正直なところ最初は、「こんな地味な話、いったい誰が読むんだろう」と思っていたんですよ(笑)。誰も知らない普通のおばあさんと、売れない芸人の僕が、家でおしゃべりしたり、散歩したり、一緒に旅にまで出かけたり、そんな話ですからね。それをたくさんの方が読んで、「面白かった」と言ってくれて。

それだけでもびっくりなのに、2018年4月には、手塚治虫文化賞短編賞までいただきました。手塚先生は子どもの頃から大好きで、僕にとって神様のような人。そんな栄誉ある賞を、本職の漫画家以外で受賞したのは僕が初めてということにも、たいへん恐縮しています。

ただ、続編を描こうという気持ちは、最初はまったくありませんでした。もともと一作で完成させるという気持ちで構成も考えて描いたので。僕が伝えたかった大家さんのチャーミングな部分も十分に描けたし、完結できたように感じていたからです。

気持ちが変わったのは、やはり大家さんに読んでもらいたかったから。ちょうど大家さんが自宅で転んで足の骨を折り、入院して治療をしていた頃、週刊誌で続編の連載を依頼されたんです。

その雑誌が偶然にも、ときどき大家さんから「買ってきてくださる?」と頼まれていたものだった。僕の漫画が載れば、毎週楽しみにしてもらえるかなと。それは、大家さんとの出会いで大きく人生が変わった僕からの、感謝の気持ちを伝える手段でもあったのです。