発達障害と定型発達の間を示す、“グレーゾーン”という言葉をご存じだろうか。「普通」でも「障害」でもない、名前のつかない“生きづらさ”を抱えながら、周囲と同じ振る舞いができずに悩み続けている人たちがいる。(取材・文=松本玲子)

“かろうじてできる”という悩み

昨今、注目を集めている「グレーゾーン」とは、発達障害の「傾向がある」とは認められても、確定診断が下りない状態を指す言葉だ。グレーゾーンを生きる人の大半は、周囲が期待する言動が“できない”のではなく、“かろうじてできる”自分を維持しようと努力を続けているという。

そもそも、なぜクロでもシロでもなくグレーなのか。それは、発達障害(クロ)と定型発達(シロ)がグラデーション状につながっているからだ。どこからがクロで、どこからがシロなのかという判断基準が極めて曖昧なため、どちらともいえないグレーゾーンで生きづらさを感じている人は多い。

具体的に、グレーゾーンにはどんな人たちがいて、どんなことに悩みを抱えているのか。当事者への取材を重ね、『発達障害グレーゾーン』を上梓したフリーライターの姫野桂さんに話を聞いた。自らも発達障害であり、前著『私たちは生きづらさを抱えている』ではクロの人たちにスポットを当てた彼女が、なぜ2冊目ではグレーゾーンの生きづらさに迫ったのだろうか。

「前著の刊行後、週刊誌の特集記事執筆のために発達障害当事者を探していました。そのとき、傾向は認められるものの診断が下りていない人が多いことに気がついたんです」

そこから調べていくと、「ぐれ会!(OMgray事務局が運営)」なる、大人の発達障害グレーゾーンの人のための茶話会イベントまで存在することがわかった。

「イベントに集まっていたのは、“グレーゾーンと言われた人”“発達障害の特性を自覚しているが、まだ診察を受けていない人”が主でした。公式サイトがあるわけではないのに、口コミだけですぐに満席になると聞き、それだけ多くの人が悩みを抱え、そういった場を必要としていることに驚きました。それならば本を書くことで誰かの役に立てるのではないか、と思ったのです」

取材を進めていくなかで、まず気づいたことは、グレーゾーンの人は自己肯定感が低くなりがちだということだった。

「私自身はクロで、診断が下りたときはショックを受けましたが、2、3日経って落ち着いたら、スッキリした気持ちになったんです。計算が苦手なのも、不注意傾向が強いのも、発達障害のせいだったんだ! と思えたから。でもグレーゾーンの人はそうじゃない。クロだと認められないということは、『できなくても仕方ない』と思うことができない。つまり、『努力不足が原因かもしれない』と自分を責め、何とかしようとものすごく頑張ってしまう。それが、グレーゾーンの方にとって一番つらいことかもしれません」

また、診断が下されていないことで、悩みを打ち明けられず、一人で抱え込んでしまう人が多いという。しかし、自分のなかにある発達障害の傾向をひた隠しにして努力を重ねていても、体力的・精神的に限界はくる。そしてまた自分を責める、という繰り返しに陥ってしまうのがグレーゾーンの人たちの実情だ。