長く生きても変わらないこと

一方で私が書く男性は、「見事に〈ダメ男〉ばっかりですね」って言われるんですけど(苦笑)。自分で分析してみると、私の描く〈ダメ男〉にはふたつの方向性がありまして。モラハラと優柔不断。『何年、生きても』の登場人物だと、英雄兄さま(咲子の養家・川端家の分家筋)は優柔不断系のダメ男です。彼の行動が、物語の軸となる「謎」を生みます。そういう意味では、咲子の「想い人」である龍子姉さま(川端家の娘)とともに、物語のキーパーソンですね。

赤羽「桜商店603」にて

私の『妻の終活』(祥伝社文庫)という作品の主人公・一之瀬廉太郎(定年後に嘱託として働く69歳。妻が末期がんで余命1年と宣告される)は、家庭を顧みず仕事に邁進して生きてきた、典型的なモラハラ系ダメ男。妻に対する言動も無神経極まりない。こういう前時代的な人物像には、少なからず自分の父親のイメージが反映されているかもしれません。

父は私の『泣いたらアカンで通天閣』(祥伝社文庫)という作品の、父親のモデルでもあるんですよ。『じゃりン子チエ』(1978~97年に『漫画アクション』で連載されたはるき悦巳の漫画。アニメ化、舞台化もされた)と同じように、大阪の新世界あたりを舞台にした父娘のお話なんですけど。だからか、自分のこと「テツ(主人公・チエの父。ホルモン屋を営んでいたが、店を11歳のチエに奪われる)に似てるやろ」なんて自慢げに言ってきたりするんですけど。テツのような男気は、残念ながらないんですよね。

うちの父、前時代的にいばってるくせに、自分では物事をちゃんと決められない優柔不断要素もありまして。考えが古い祖母に育てられた長男ですから、小さな頃から大事に大事にされてきたんですね。そうすると、大人になってもなかなか変われないんでしょう。

『何年、生きても』では、変わらないことの尊さと困難さを書きました。自分としては、作家として目指すところは特になくて、変わらずただ書き続けていくことが目標です。先ごろ亡くなられた森村誠一先生(2023年7月24日永眠。享年90)のように、ずっと書き続けていきたい。森村先生は、私がデビューする2009年まで5年ほど在籍していた「山村正夫記念小説講座」の塾長を、長らく務めていらっしゃいました。

ありし日の森村誠一先生と坂井さん(2015年9月/写真提供=坂井さん)

私が在籍時に提出した習作、ちょっと卑猥なラストだったんですけど。意外にも森村先生、その短編を気に入ってくださって。「君は絶対にデビューできる。頑張れ」って背中を押してくださったんです。それで、デビューを信じて書き続けることができました。これからも、あとどれだけ生きられるかわかりませんが、もどかしい人たちが解放される物語を書いていきたいと思います。