(写真はイメージ/写真提供:photo AC)
雑誌『婦人公論』の連載「読みたい本」でおなじみの東えりかさんは今年3月、夫の保雄さんをがんで亡くしました。突然の腹痛の訴えから別れまで、わずか5ヵ月半。保雄さんは最期を自宅で過ごすことを望み、好きな音楽、食事、人……を心ゆくまで味わい、旅立ちました

自宅に帰る車の中で亡くなる危険性も

記憶が指の間からどんどん零れ落ちていきます。あの苦しくて切なくて、必死で過ごした最期の18日間は、それなのに人生で最上に幸せな日々でした。あの日々を忘れたくなくてここに記します。

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2023年2月20日、夫・保雄は主治医から正式に抗がん剤治療の中止を宣告されました。製薬会社に勤務し、抗がん剤などの開発を担当していましたから、自分はこの薬で治ると固く信じていました。彼の絶望感はどれほどのものだったでしょう。

最初から謎だらけでした。22年10月8日、突然の猛烈な腹痛で大学病院に搬送。当初、十二指腸の腸閉塞と診断されたため、鼻からチューブで胃液を排出し、点滴で栄養を取り、飲まず食わずの入院生活は、彼にとって「すぐ治る」はずのものでした。

それから3ヵ月。一向に治る兆しもなく、検査漬けの日々。正しい病名もわからず、治療もされない状態に業を煮やし、1月に大学病院から彼の勤めていた都立病院に強引に転院したのも、「治りたい」一心からでした。

それまで健康な人だっただけに、私は狼狽えるばかりでした。コロナ禍で面会はほとんどできず、セカンドオピニオンも数ヵ所求めましたが検査はきちんとされており、どの病院でも病名がはっきりしなかったのです。転院先でついた病名は「原発不明がん」。

原発巣は不明ですが、がん細胞が見つかった場所は腹膜で、腹膜がんは希少がんのひとつとされています。すでに広範囲に広がり手遅れの可能性が高いと診断されましたが、主治医が希少がんの専門医であったことから、保険適用となったオプジーボ適応タイプとして抗がん剤投与が始まりました。しかし結果は思わしくなく、このままでは抗がん剤で命を落とす、と治療の中止が決まったのです。