(写真はイメージ/写真提供:photo AC)

食べておきたいメニューを考えた

友人や親戚にも積極的に会いました。ガリガリに痩せて面立ちが変わってしまっていても決して拒むことはなく、訪れてくれる人すべてに機嫌よく接し、死の前日まで面会を楽しんでいる。ベッドから動けず弱っていても希望を捨てていない姿に、誰もが驚いていました。

音楽好きな友人、入社したときから仲の良い同期、5ヵ月間伸ばしっぱなしだった髪を切りに来てくれた、長いつきあいの美容師などの見舞い客にほぼ毎日囲まれ、本人はとても嬉しそうでしたし、実際、面会のあとは元気になったのです。特に「貴ちゃん」と呼ぶ妹のような従妹とは、LINEのビデオ通話で1時間半も話し込み、見舞いに来てくれたときは足を揉んでもらい、むかし話に花を咲かせていました。

とはいえ、最後の数日は意識が朦朧としていたので、会えたのは一握りの人たちです。葬儀で「会いたかったなあ」と言われるたび、申し訳なかったと、その人と夫、両方に謝っていました。

夫は美食家でもあり、晩酌に合う食事が出ないと機嫌が悪くなるような人でした。それが入院以降、何も口にできなくなってしまった。耐え難いことだっただろうと思います。帰宅する際、固形物以外なら何を口にしてもいい、とお許しが出たので、彼は食べておきたいものを真剣に考えました。

行きついた結論は、仲良しの鷺沼の蕎麦屋の出汁、常連だったたまプラーザの洋風居酒屋のトマトのムース。そして六本木に店を持つフレンチレストランのコンソメスープ、の3種類でした。

事情を話すと、皆さんは料理の提供を快く引き受けてくださいました。蕎麦屋からは、鰹節と昆布だけでとった出汁とかけそばのつゆ、そして黒マイタケの出汁の3種をいただきましたが、彼が好んだのは、取り立てて何も味付けされていない出汁。小さなスプーンで口に運ぶと、目をつぶって香りと味を楽しんでいました。香りを楽しむだけだから、と言うので葱と柚子を刻んで人肌に温めた出汁に入れると、「本当にうまい」と目を細めていました。

十何年も通った洋風居酒屋は、春先になると最高のフルーツトマトを使ったムースを作ります。3月の頭ではシェフの気に入るトマトが入らず、完成に少し時間はかかりましたが、でき立ての味は格別だったようで、直接電話をかけてお礼を伝えていました。

彼の地元の神戸から六本木に移ったフレンチレストランは、彼の母親のお気に入りでもありました。なかなか連絡がなく気を揉みましたが、痛みがひどくなり、モルヒネを投与して意識レベルを落とすと医師が判断した日、満足のいく品ができた、と連絡がありました。

車で運んでくれたでき立てのスープは、黄金色をした天然エゾシカのダブルコンソメ。まさに絶品でした。シカの骨の入手に手間取ったそうですが、これが今生で最後に味わえたものならば、彼は幸せだったと思います。その日、モルヒネ投与を担当する訪問看護師は、彼が十分にスープを味わい、シェフと別れの挨拶をするまで処置を待ってくれました。