ジャーナリストの伊澤理江さんにとって『黒い海』は初の著書だったそうでーー(撮影◎本社 奥西義和)
17名の犠牲者を出した「第58寿和丸沈没事故」の真相に迫ったノンフィクション『黒い海 船は突然、深海へ消えた』(講談社)。話題作である同書は、これまでに講談社本田靖春ノンフィクション賞、大宅壮一ノンフィクション賞、日本エッセイスト・クラブ賞などを受賞しました。実はその著者でジャーナリストの伊澤理江さんにとって、この本は初の著書でもあります。福島を訪れた際に事故の関係者と出会ったという伊澤さん。2児の母でもある彼女が「沈みようがない状況で沈んだ漁船」の謎を解き明かすべく、本書を執筆した理由とは?(構成◎碧月はる 撮影◎本社 奥西義和)

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すべてのはじまり

ーーー「第58寿和丸沈没事故」は、2008年6月23日、千葉県犬吠埼灯台の東約350キロ沖の太平洋上で起きた。事故当初、何らかの原因で船底が破損したのでは、と疑われていた本件だが途中から調査方針が変わり、「波による転覆事故の可能性が高い」と結論づけられる。国の報告書に疑念を抱く声を多く耳にした伊澤さんは、事故の関係者や専門家など、のべ100名を超える取材を重ね、『黒い海 船は突然、深海へ消えた』を書き上げた。

『黒い海』は初めての著書です。

本を出すことは、仕事仲間とごく身近な家族にしか知らせていませんでした。そのため、刊行後に新聞やネットニュースなどで本のことを知った親戚から実家に電話があったりもしたようです。

私は2児の母でもあるのですが、子どもの同級生のママたちにも一切執筆の話をしていなくて。イベントも多く、親の参加が求められる学校なので、「一体どうやって子育てしながらそんな時間を作ったの?」と驚かれましたね。

福島へ別件の取材で訪れた際に、偶然「第58寿和丸沈没事故」の関係者と出会ったことがすべてのはじまりでした。

お話を伺った当初から、「船の沈み方がすごく不自然」だと感じていて。それなのに、事故の情報を誰も持っていない。その不可解さに引っかかりを覚え、調べてみようかな、と。地元の記者が10年以上経っても「あれはおかしい」と言っていたので、よほど重大な事実が隠されているのではと思ったんです。