日本人の生活習慣にレンタルビデオが定着

レンタルビデオの潮目が変わるのは、1987年頃で、ここから一気に郊外型大型書店チェーンの時代に移行。この郊外チェーン化の背景には、コンビニの台頭があったという。

コンビニが雑誌を扱うようになると、従来の書店は売り上げを奪われた。雑誌に代わる新しい商材として、ビデオのレンタルに注目したのだ。雑誌や書籍よりも粗利率の高いレンタルビデオは、急速に郊外で普及する。

当時、僕が住んでいた新潟は、TSUTAYAのフランチャイズチェーン大手が早くから店舗を増やした地域だった。うちのファミリーは、その初期の利用者だった。

日曜日の夕食は、郊外のロードサイドのファミリーレストランに車で出かけるのが恒例で、毎回、その帰りにTSUTAYAに立ち寄るのだ。そこで選んだビデオを、家で皆で見る。

ヒッチコックの『鳥』や『北北西に進路をとれ』、オードリー・ヘップバーン主演の『ローマの休日』『パリの恋人』『麗しのサブリナ』などを見た記憶がある。

こうした50年代のハリウッドクラシックスは、自分ひとりで見ることはなかったであろうもので、一種の“教養”として貴重だったように思う。ひとりで借りて見る映画は、大概が70〜80年代のアクションもので、刑事物、ハイジャック物、ホラー系、スピルバーグ関連の映画ばかりだった。

この時代、日本人の生活習慣にレンタルビデオが定着する。学校や会社への帰りなどに、“借りにいく”と“返しにいく”という習慣が身につき、日常のサイクルに映画(すでにビデオ化された旧作)を見ることが組み込まれた。

※本稿は、『1973年に生まれて: 団塊ジュニア世代の半世紀』(東京書籍)の一部を再編集したものです。


1973年に生まれて: 団塊ジュニア世代の半世紀』(著:速水健朗/東京書籍)

ロスジェネ、超氷河期、お荷物と言われ続けた団塊ジュニア世代のど真ん中ゾーンも、ついに天命を知る50代に突入。

そんな世代が生きてきた1970年代から2020年代にわたる、日本社会、メディア、生活の変遷を、あるいはこの時代に何が生まれ、何が失われたのか――を、73年生まれの著者が、圧巻の構想力と詳細なディテールで描くノンフィクション年代記。