たとえば、初めての飛行機。あんなに大きくて重いものが空を飛んで、いったい大丈夫なのかと、死を覚悟して乗ったものです。朝家を出て、その日の夕方にはもう鹿児島に。なんて速くて、そして安全なのだろうと感激しました。

バスでの九州一周は、見るもの聞くものすべてが珍しく、私は好奇心を刺激されっぱなしで大満足です。

それからはすっかり旅のとりこになり、次の旅行先を考えていた矢先、高齢の母が倒れました。

旅行どころではなく、忙しく母の介護をする日々を送っていたらある日、仲の良い同級生から「昭和一桁は、親を看る最後の世代。私たちはもう、子どもに面倒を見てもらえないんだよ」などと言われます。それでも、やるべきことはやらねば。

母は闘病の末、子どもや孫たちに見守られながら90歳で死去。私は四十九日が過ぎると、すぐに旅を再開しました。

親を見送ったし、子どもは独立済み。もう私がすべき役目はありません。仏壇の母に「行ってくるよ」と言って、北海道から沖縄、ついには、海外にも行くことができました。