文部科学省の学校基本調査(2021年度)によると、自閉症・情緒障害特別支援学級には小学校で12万266人、中学校では4万4842人の児童生徒が通っているとされ、この数は増加傾向にあるとされます。今回は、医師で作家の松永正訓先生が、幼児教育や子育てに関して著作活動や講演活動をしている立石美津子さん(=本文「母」)と自閉症を抱える息子さん(=本文「勇ちゃん(仮名)」)の実体験を紹介します。あるとき立石さんは「自分は健常者の視点でしか、我が子の世界を見ていなかった」と強く感じたそうで――。
ベテランの視点、柔らかい発想
勇ちゃんは5歳になっても手先が不器用で、箸などの道具が使いこなせず手づかみで食事を食べることも多かった。
母はそのことを深刻に悩んでいた。そこで親の会で相談した。
ベテランの母親は泰然としていた。
「あなた知っている? 世界の半数以上の国が食事を手で食べる文化なのよ。神聖な食べ物は、道具を使うより手で食べた方がいいと考えられている国だってある。手をきれいに洗っていれば、手で食べたって何も問題ないんじゃない? 自閉症の子で大きくなっても手づかみしている人はほとんどいないから、勇ちゃんだって何年かすれば道具を使えるようになるかもしれないよ」
このアドバイスに母は驚いた。
「そういうふうに考えることもできるんだ……」
母は今の勇ちゃんしか見ていなかった。未来への展望が見えていなかった。だけどベテランの母親はたくさんの自閉症の子どもも大人も見ている。だからいずれ道具を使えるようになると知っているのだ。
そして発想が柔らかい。「手づかみでどこがいけない?」という言い方は、ちょっとした衝撃だった。