母は1ヵ月ぶりに家に戻り、ほっとしたようです。ベッドは母の望み通り居間に置きました。私も久しぶりにゆっくり眠れると思い、上の階に上がろうとした時、母に呼び止められました。手を差し出すので握手をすると、「ありがとう」と3回繰り返したんです。「やめてよ、そんな終わりみたいに。これから忙しくなるよ」と答えて寝室に向かいました。

そして、ほんの数時間後、看護師さんに呼ばれて階下に行くと、母の意識はもう遠くなっていて……。亡くなったのは、退院してから約12時間後。家族に囲まれ、電話口で呼びかける父の声を聞きながら、静かに息を引き取りました。母はよく、「自分の死んでいく姿を家族に見せたい」と言っていたのですが、それは私にとっても、夫や子どもたちにとっても忘れられない光景となりました。

そして母の死後、母から得たものを少しでも何かの役に立てることはできないだろうかと考えた時、ふと思い出したのが子どもたちの自殺や引きこもりの問題でした。あれは母からの、最後のメッセージだったのかもしれない。そんな思いに駆られて、母が生前『不登校新聞』の取材に応じた際のインタビューなどに加え、私自身が不登校の当事者や彼らを支えている人、識者の方などに話を聞き、『9月1日 母からのバトン』と題する本にまとめました。

母は私に、家庭と子どもに気持ちを向けすぎていると言っていました。それは子どもにとっても負担になる。家庭はもう耕したんだから、今度はどうやって自分が人の役に立てるかを考えたほうがいい、と──。

両親を亡くした今、私はやっと独り立ちしなくてはいけない時期に立たされたのでしょう。それはすごく重荷ではあるけれど、どこか軽やかな、清々しさを感じてもいるのです。少しずつ、自分なりの道を模索して、いろいろなことにチャレンジしていきたいと思います。