夜逃げしかない、と思った

両親は製造業をし、私が26歳の時も父の借金問題が発覚したが、その時よりも事態は深刻だった。今度は母がその借金を被る形になってしまったのである。

父は原因不明の病気になり朦朧状態のため、母と私が信用金庫に借金の返済を迫られていた。私の勤めていた会社にも借金返済の電話がかかってきた。

父は入院したものの病名が判明しないまま退院となり、自宅で母が介護をしていた。会社は廃業。兄は独身で自宅にいたが、統合失調症があり社会に出て働ける状態ではなかった。兄も借金の重みを自覚していて、精神状態が悪くなることが心配だった。私も独身で頼れる人はいない。

自宅を売って借金を返済することに決めたが、自宅を買いたいという人は一人も現れなかったのである。

一家心中には母は応じないだろう。夜逃げしかない、一人で歩けない父は自宅に置いてあるオンボロの軽自動車に放り込んで逃げよう。その後どうするかも考えずに決めた時に、日本橋を渡り切った。だが、「しまった!」と、私は声をあげた。前を歩いていた男性二人が、振り返るほどの大声だった。