子犬と里子に出会う
探し求めた理想の子犬はイングランド南部の海岸の町、サウスボーンにいた。個人宅である。
ドアを開けたらころがり出てきたフワフワの子犬のかわいらしさに、わが家の3人は打ちのめされた。彼女のきょうだいはまだ4匹残っていたけれど、僕らのすぐあとに来た家族がそのなかから1匹引き取っていった。
その家には犬もたくさんいるが人間の子どもも多かった。それもひとつの人種ではなく。白人のほかにインド系とアフリカ系。「里子なんです、あの子たち」と、子犬の売り主夫婦が、キョロキョロしていた僕に言った。
サロンでお茶を飲みながらの世間話のなかで、彼らは里親履歴を語った。今預かっている子たちは4人目と5人目らしく、フルタイムで里親をしているのだった。
常々里親制度に興味があって、キャシー・グラスという作家が書くノンフィクションの里親シリーズの愛読者だった僕は、まったくの偶然で養育家庭の現場に入りこんだことでやや興奮して話しこんでしまった。
そこで金銭的なことを訊くのはためらわれたが、あとで調べてみると、養育家庭は里子1人当たり毎週400~650ポンドを受け取ることができる。年額にすると300~500万円相当になる。
これとは別に経費(食費・衣料費)として毎週230ポンド(年額200万円)が出る。その家庭では二人の里子がいたからかなりの金額にはなる。いとまごいをしようと立ちあがったとき、うちの子犬は母犬のお乳にすがって最後のミルクを飲んでいた。
これをひきはがすのか、と思うと胸が熱くなった。そこへ大きな目のインド系の少女がやってきた。里子の1人である。彼女は子犬を両手ですくいあげ、いったんきつく抱きしめてから、さあどうぞ、というふうに僕に差し出した。
この子犬は彼女に世話をしてもらってきたのだろう。少女はやさしい顔でほほえんでいる。かわいがってあげてね、と大きな目が訴えていた。
※本稿は、『異邦人のロンドン』(集英社インターナショナル)の一部を再編集したものです。
『異邦人のロンドン』(著:園部哲/集英社インターナショナル)
朝日新聞GLOBE「世界の書店から」の筆者が綴る、移住者たちのトゥルー・ストーリー。
移民、人種や階級差別、貧富の差……。さまざまな問題を抱えながら、世界中から人を集め続けるロンドンの実像を鮮やかに描く。