イギリス在住のブレイディみかこさんが『婦人公論』で連載している好評エッセイ「転がる珠玉のように」。今回は「つながらない権利」。コワーキングスペースで一緒になる大手会計事務所勤務の女性は、昼夜かまわずかかってくる上司からの電話やメールに困っていた――。(絵=平松麻)

ある女性の困りごと

コワーキングスペースで、たまに一緒になる女性がいる。30代後半という感じで、いかにも仕事ができそうなムードを漂わせ、バリバリとデスクで仕事をこなしている。

共同のキッチンでコーヒーをいれるときに何度か一緒になり、言葉を交わすようになって知ったのだが、ロンドンの大手会計事務所に勤めているらしい。コワーキングスペースを借りて仕事をしているのはわたしのような自営業者ばかりだと思っていたので、どうして会社があるのにコワーキングスペースを借りているのかと尋ねてみたら、コロナ禍以降、いわゆるハイブリッドワーク制(出社と自宅勤務を半々ぐらいにする)が導入されたそうだ。だが、いま自宅が内装工事中で、作業員たちが出入りして落ち着かないので、コワーキングスペースに来ているという。

コワーキングスペースには電話用のブース(小さな個室)があり、周囲の人々の作業の妨げにならないよう、電話はそこですることになっているのだが、わたしが知っている限り、そこに入って行く回数が最も多いのが彼女だ。

頻繁に上司からスマホに電話がかかってくるからである。