イギリス在住のブレイディみかこさんが『婦人公論』で連載している好評エッセイ「転がる珠玉のように」。今回は「道化と王冠」。チャールズ3世の戴冠式の日は、「図書館は静かだろう」と予想してブライトンの中心部にあるジュビリー図書館で校正作業をしていたブレイディさんだったが――。(絵=平松麻)

チャールズ3世の戴冠式の日

チャールズ3世の戴冠式の国内での瞬間最高視聴者数は、約2000万人だったそうだ。昨年のエリザベス女王の葬儀が約2900万人だったので、だいぶ減っている。

その減った900万人の中にはわたしもいて、その日は朝からブライトンの中心部にあるジュビリー図書館で校正作業をしていた(ちなみに、拙著『両手にトカレフ』の第1章の舞台になっているのはこの図書館である)。

「今日はテレビで戴冠式を見ている人が多いだろうから、図書館は静かだろう」というわたしの予想は大幅に外れ、そのあまりの外れ具合にびっくりしたぐらいだった。学生さんたちを中心に(もともと、うちの息子を見ても明らかだが、英国のティーンは王室への関心が非常に薄い)、オープン前から図書館の玄関の外に並んでいる人々の列を見た瞬間、それが週末のいつもの光景と変わりないことに驚いた。みんな、2階の吹き抜けの大きなガラス窓に面した特等席を狙っているのである。あそこは確かに明るくて、気もちがいい。

案の定、係員が玄関のドアを開くのと同時に、二列に並んで図書館の中に入って行った人々は、脇目もふらずに2階に上り、明るいガラス窓の前の特等席を次々と取る。あっと言う間にすべて埋まってしまった。が、わたしは動じなかった。そこを狙っていたわけではないからだ。ずらっと並んだ本棚と本棚の間に孤島のように配置されたテーブルがわたしは好きなのである。巨大な書斎の持ち主になった気分を味わえ、集中力が出て作業が進むからだ。特に、ポピュラー・ミュージック本の棚の近くの席がお気に入りだ。「うわ、こんな本があったんだ」「げ、この表紙、懐かしいー」とか言いながら本を取り出してぱらぱら読めば、休憩タイムも楽しい。